利子(りし)とは、貸借した金銭などに対して、ある一定利率で支払われる対価。利息(りそく)と利子は通常同じ意味で使われるが、借りた場合に支払うものを利子、貸した場合に受け取るものを利息と使い分けることがある。また、銀行預金では利息と呼ぶ(ゆうちょ銀行では利子と呼ぶ)。法律用語としては利息を用いるのが通常である。
米の貸し借りの対価として支払われる「利子米(利米)」のように利子は金銭以外で支払われる場合もある。このような実物を対価とする利子を実物利子、金銭を対価とする利子を貨幣利子あるいは金利と呼ぶ[1]。
政治学 (アリストテレス) - Wikipedia
『政治学』(せいじがく、ギリシア語: Πολιτικά ポリティカー)とは、アリストテレスによる、政治学や政治哲学の古典的な著作である。
まず人間の本性の考察から出発する。人間を「ζῷον πολιτικόν」(zoon politikon、ポリス的動物)と捉えており、言語によって快苦や利害、善悪を共有することで家族やポリスを作り出すことが可能な存在である。しかし生まれながら人間は最適な状態にあるわけではない。人間はポリスの形式の下で共同生活を行ないながら法によって指導されつつ作り出されなければならない。そこで問題は人間にどのようなポリスの制度を適用するのかということになる。
人間の知性には限界があるため、正しく定められた法による支配が重要となる。法の支配は市民の支配よりも優れているとアリストテレスは考えた。この法の正しさとは多くの人びとに受け入れられていることによって根拠付けられる。正しい法であるかどうかは服従する人びとによって評価することが可能であり、またこれは試行錯誤の結果としての被治者の評価である。つまり慣習によらない法は人を服従させる力を持たず、また長期の時間を費やして力を得ていくものである。
最善の国家体制とは何かを考えたプラトンによる『国家』の理想政治の議論とは反対に、アリストテレスは現実政治に着目してその国家体制を分類する。その基準は統治者の数と統治の目的から六つの分類法を提案している。それは単独支配、少数支配、多数支配と公共のための統治か私事のための統治かという二つの基準を組み合わせたものである。公共のための単独支配は王制、私事のための単独支配は僭主制、公共のための少数支配は貴族制、私事のための少数支配は寡頭制、公共のための多数支配は国制、私事のための多数支配は民主制である。
アリストテレスは政治における中庸の重要性も論じている。国家において富裕層は支配することだけを知り、また貧困層は服従することだけを知る。このような社会は相互に対立することになり、国家の成員としての友愛がもたらされない。つまり立法者は富裕層と貧困層の中間的存在でなければならない。この思想にはアリストテレスのニコマコス倫理学の道徳思想が背景にある。
投資 - Wikipedia
投資(とうし、英語:investment)とは、主に経済において、将来的に資本(生産能力)を増加させるために、現在の資本を投じる活動を指す(現代において、生産能力の増加しない商業活動はこれに含まない)。広義では、自己研鑽や人間関係においても使われる。
どのような形態の投資も、不確実性(リスク)が伴う。一般に、投資による期待収益率が高い場合、不確実性(リスク)も高まる。この一般則に反する取引が可能な場合、裁定取引が行われ、収益率の低下またはリスクの増大が起こる。